相対リズム感。
音楽を成り立たせている、基本要素には、一般的に、<メロディー>、<ハーモニー>、<リズム>、の三つがあると言われています。
うむ!確かに、どれも大切なものばかりです。
でも、これら一つ一つを個別に考えたとき、中でもとりわけ、なくてはならない基礎となるもの、それは、間違いなく、”リズム”であると思います。
どんなにすばらしいメロディーも、リズムの明確な支えがなければ、ただの音の羅列になってしまいますし、逆に、メロディーが無くても、打楽器で、なんらかのリズムを刻めば、それだけでも十分、一つの音楽には成り得ると思います。(もちろん、所謂、”ビート”、というものだけでなく、例えば、雅楽にも、明確な節回し、拍節の規則性がありますね)
このあたりは、これ以上突き詰めてもよくわからないので、これくらいにしますが、何を書きたいか、といいますと、私は今、つくづく、自分のリズム感のお粗末さを実感している、ということなのです。
これまで、一人でピアノの弾き語りをしているときには、別段意識せずともやれていたことが、”バンド”、というスタイルになった途端、疎かにできなくなることが幾つもあって、特に、この”リズム”は、自分の中で、相当しっかり刻めないと、極端に言えば、歌えない、ということにもなり兼ねません。
おそらく、それは、同時に鳴らす楽器が増えれば増えるほど、さらに難しくなるのだと思います。
いくつもの異なる楽器が音を鳴らすとき、”軸になるリズム”がきちんと保たれないと、そこには、ただバラバラになった音の束が重なり合うだけで、音楽、としては成り立たなくなってしまう。
逆に、この”リズム”を、体の芯で刻めるようになれば、音楽はたちまち、飛躍的に生きてくる、とも言えます。
私は、今回のライブの練習で、自分で作っておきながら、どうしてもこの”リズム”が掴めなくて、立ち往生してしまった曲がありました。そして、本当に悪戦苦闘の末、ようやく抜け出せそうなところまで辿り着きました。
で、自分なりに苦しんでわかったこと、それは、”リズム感”は、生まれつきの才がなくても、練習で、ある程度までは、身につけられる、ということです。
そして、そのためには、何より、リズムを、強く意識しなくては絶対にダメだ、ということです。
”なんとなく”掴めてしまう人、というのは、既に、体に幾つものリズムが刻み込まれているから出来るのであって、それが無い場合には、まずは、頭で理解して、それを体に叩き込む、という練習を繰り返しやらないと、おそらくは、乗り越えられない壁だと思います。
多くの日本人は、俗に言う、”アフタービート(ブラックミュージックなどに見られる、後乗りというやつですね)”、というものが苦手だとされています。
最近は、日本にも、このアフタービートの曲も、巷にたくさんありますので、今の音楽を聴いている人には、それほど苦ではないかもしれませんが、”昭和生まれの昭和育ち♪”の私の場合、やはり身についているリズムが、いわゆる先乗り(盆踊りなんかの手拍子にある、一拍目でたたく取り方ですね!)なので、まずはこれを、体の中から打ち破る、ということが、何と言っても難しいのです。
この先、音楽活動を続けていく上で、言うなれば、”相対リズム感(どんなリズムにせよ、一つのリズム、テンポを決めたら、それを保って演奏できるリズム感)”のようなものを、少しずつでも身につけて行くことは、私にとって、大きな課題の一つであり続けると思います。
そして、これを掴めた時、多分、自分の音楽が、もっともっと気持ちの良い、新たな境地に至るのではないかと期待しています!
ということで、まずは小さなことからこつこつと(^m^)、その練習のためにも、明日から掃除機は、”ヒップホップ”の乗りで掛けることにしようかな~、と思います(^0^)♪
ささっ、《自走式ブラシ》よ、おまえも一緒に頑張るのだぞ~!!Hey Yoh ~♪♪
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