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2009年2月26日

加山又造展

Kayama_4

昨日、新宿まで出かけたその足で、行ってきましたギロッポン。

3月2日まで、国立新美術館にて開催中の『加山又造展』。

いや~、すごかったです!

人の数!

平日、しかも天気も優れぬ中、たくさんの人・人・人(しかも8割方が、ご婦人。・・・って、もちろん、私もその一人なのですが・・)。

本当に、日本は今、戦後最悪の不況なのかしら・・・。

東京ミッドタウン近辺を歩いていると、にわかには信じられない気持ちになってきます。

回顧展そのものは、大変素晴らしく、どの作品もそのスケール、そのパワーに圧倒され、それだけに、できることなら、もっとゆっくり見たかった~・・。

とは言え、せっかく足を運んだのですから、人並みを掻き分けつつも、しっかり全展示を眼にしてまいりました。

新しい日本画の形を模索し続けた加山氏。

その作品には、流れるような、幾多の細密な”線”が、特徴的に描かれていますが、この”線”によって、情緒に溺れない、しかしながら、抽象的になり過ぎない、加山氏独自の柔らかな緊張感が保たれているのかな・・と感じました。

花鳥風月、季節のモチーフがたくさん表現されていましたが、なぜか、どの作品にも”夏”が無い(今回の展示に限ってなのかもしれません)。

そのことも、とても印象的でした。

また、月をモチーフにした作品がたくさんありましたが、見れば見るほど、加山氏の描く月は、地上にある。

空に輝くでも、掛かるでも、浮かぶでもなく、空から切り取られ、地上に置かれている。

まさにそんな感じがして、”月”好きの私には、暖かな温度を持つ存在にも見えました。

いや~・・・。

それにしても、六本木は変わりましたね~。

・・って。

どんな風に?

本当は、”以前”もよく知らないんですが・・(^-^;;)

ともあれ、とっても疲れたので、ミッドタウン内のドリンクバー(?)でコーヒーを飲み、一息ついて、ちょっとぶらぶら。

あとは一気に、”大江戸線の走る駅”へ。

あぁ~・・・、たまには都会でちょっとオサレな気分に浸ろうかしら、と思ったけれど、中央線へと乗り換えた途端、心は多摩へ、Viva My Home Town!

私ったら、いつの間に、こんなにも、都会の空気から脱落してしまったのでしょうか。

ちこっとショックでもありました。

まぁ、年を重ねるということは、自分の本質に立ち戻って行く、ということなのでしょう。

せっかく、ミッドタウン内の素敵なマーケットに入ったのに、買ったものと言えば、大好物の”芋けんぴ”と、ちょうど切らしていた”白ごま”(滝汗)。

あぁ~・・・、哀しいほどに、骨の髄までエコノミーなワタスですmoneybag

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2009年2月24日

この冬、歌わぬままに・・『追憶』

”咲き乱れて ぽとりと落ちる椿よ
枯れることも 萎れることもしないで
美しい姿で 自ら切り落とすの
永遠でいたいの そう告げるように” (柴田淳『椿』)

うーん・・・・・

この感性。

椿の花を、”自ら切り落とす”と捉える感性。

凄いな、と思います。

散るのでも、枯れるのでも、萎れるのでもなく、”自ら切り落とす”

たまたまみつけたこの歌詞に、いたく心を動かされてしまいました。

普段、ほとんど聞く機会は無いものの、時々、思い出したように、You Tube などで、淳さんの動画を見ると、なぜか、えもいわれぬ疲労感に襲われます。

疲労感・・というより、一種の脱力感・・なのかな。

おそらくあの、赤裸々かつストレートな感情表現に浸るうちに、普段あまり使わない(汗)、眠ったままの(汗X汗)、”女性”としての自意識を、容赦なく呼び起こされるからだろうと思います。

骨の髄まで、”シンガーソングライター”。

柴田淳さんは、きっと歌うごとに、作るごとに、自分の中から、何かを削り取っている人。

そんな淳さんの『椿』。

歌詞を通して読んでいるうちに、ふと、自分のある曲が重なって見えました。(あ~、淳さんファンのみなさん、どうかどうか怒らないでね(>-<)!。)

一昨年の12月、”音蔵”で歌って以来、未だ2度目のチャンスを得られぬまま、気づけば、今年も冬が終わった・・・ 『追憶』。

せっかくなので、歌詞だけここに記します。

『追憶』  詞・曲 シンドウアツコ

それは 遠い昔 月明かりの下に

誰か 忘れてった物語

力 尽きるように 枝を離れた林檎

目を閉じたまま 赤い泪を流す

通り過ぎる風が見てた

そのまま眠ればいいと

昨日まで 華やいだ日々も

きっと すぐに忘れてしまうだろう・・・

今 帰りたい でも戻れない

失くしたものすべてが重過ぎて

それは 遠い昔 月明かりの下に

誰か ささやいた物語

色を落とした 赤い林檎が横たわる

流れるままに 戸惑う哀しみに横たわる

見上げる空 届きそう

逆さまになった鳥が嗤う

そうやって 息をひそめたら

やがて降り積もる雪 

何もかも 隠してしまうだろう・・・

今 帰りたい でも戻れない

失くしたものすべてが 遅すぎて

でも帰りたい 今 戻りたい

求めるもの全部 捨てたっていい・・・

それは 遠い昔 月明かりの下に

誰か 忘れてった物語
誰も 気づかない物語

今度の冬は(・・って、気が早過ぎ☆\(-_-;))、是非とも歌いたいな~。

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2009年2月22日

気の合う間柄。

節分も過ぎ、日の出の時間が、だんだん早くなっています。

そうなると、朝のひと時がまた楽しみ。

早起きが楽しみになります。

この家に越して、昨日で丁度2年になりました。

早いものです。

人間も、家も土地も音楽も・・・

気の合う間柄。

そうしたものが、理屈抜きにありますね。

実際には、もう10年も暮らしているような馴染み具合のこの家は、私にとって、本当に良い出会いだったと思います。

そこで2年を祝して!

・・というわけではありませんが、思い立って ”デッキタイルもどき”を敷き詰めました。

Photo

コンクリートのベランダも、掃除がしやすい分、土いじりには都合がいいのですが、ちょっと味気ない感じもあり、何かいいものはないかな・・・と探していたところ、とても手ごろな品物がみつりまして。

早速注文!

なかなか良い感じになりました(^-^)。

これからの季節、土いじりも本番を迎えますので、コンクリートスペースもしっかり残しながら、少しだけでも、こうして裸足で歩ける部分があると、ベランダへノコノコ出て行く時間がますます長くなりそうです。

今はカフ~ン予防に、しばし控えなければなりませんが、カフ~ンが終わったら、ここでコーヒー呑みたい☆\(-_-)・・・飲みたいな~。

今日も富士山が綺麗に見えています。

一日ばっちりパワーを蓄えて、夜は、また三人のスタジオ練習です。

”気の合う”だけでは成しえない、不思議な音のアンサンブル。

それが一体何なのか、ひとまず探しに行ってきます!

みなさまも、素敵な日曜日をお過ごし下さい♪

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2009年2月18日

耳からウロコ?!

何でもっと早く気づかなかったんだろう~・・・・。

MTRと電子ピアノの使い方。

え~・・っ、ここへ来て、まだ、最後の音入れ、最後のアレンジ作りをやっている私ですが(汗)、今ごろになってようやく、”電子ピアノのスピーカーから、MTRの音を出す”、という方法を知りました(滝汗)。

いや~、こんなことなら、もっと早くから試みていればよかったです。

これまでの方法は、【電子ピアノからOUT】--->【MTRにIN】。

MTRの中で、両者の音をミックスし、MTRの”ヘッドフォン”で聞く、という方法で作業をしてきました。

・・というか、それしか思い浮かばなかったです。

・・・が、ここへ来て、そろそろ耳への負担が心配になり始めまして。

耳の強い弱いは、個人差が大きいものですね。

私は、どちらかというと弱い方で、たとえば、ロックバンドのライブ等、大音量の渦中にいると、耳はおろか、息が苦しくなって体調のおかしくなった経験があります(以降、自衛のため、場合に応じて耳栓を持参します)。

気のせいかもしれませんが、ここのところ、ヘッドフォンからずっと音を聞いていると、閉塞感及び軽い耳鳴りが・・・。

母のこともあって、少々敏感になっているのかもしれませんが、大事には大事を。

なんとかヘッドフォンを使わず、MTRと電子ピアノの音を聴きながら、録音する方法はないものか・・・

・・と考えましたところ<考えるまでもない?>、なんのことはない、電子ピアノ側にMTRの音を送って、こちらのスピーカーでモニターすればいいんですよね・・。

あぁ~、こんな簡単なことだったのに、なぜに気づかなかったのでしょう~。

となれば、あとは実践あるのみ!

既にこの世のものとは思えないほどに荒みきったマニュアルを片手に、新たな配線を試みる。

結果、電子ピアノから、”ワタクシの歌と録音済みのピアノ”が聞えてキタ~ッ!!

なんだよ~・・・できたじゃないのさ~・・・(T-T)!

その瞬間、軽い感動すら覚えた私なのであります(涙)

本当、録音作業は未知の世界の連続です。

まだまだや・・・・まだまだや~・・・。

・・ということで、今更ながらではありますが、耳もさわやか、ラクラクNOヘッドフォン!

新たな方法で、今日も家事の合間に、せっせと仕上げて行きましょう~。

電子ピアノもあと少し、なんとか最後まで、一緒にがんばってね~!!

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2009年2月16日

小さなおともだち。

いんや~、来ましたね~、いよいよ辛いカフ~ンの季節が。

これだけ暖かい日が続けば、やむを得ません。

それにしても眼が痒い(><)!!

こうなったら、早いとこどんどん飛んで、7日までに、全部飛びきってくれたらいいのに~。

・・・と、ちょっぴりブルーな週の始まり。

でも、それを、吹き飛ばしてくれるような、嬉しい出来事もありました♪

Hinatan1

むっふふ~ん。

なんてカワエエお便り。

この週末、所用で上京していた、高校時代の同級生と会う機会に恵まれました。

夕刻、友達が帰りの”あずさ”に乗るまでの、ほんの一時間ほどでありましたが、慌しい中にも、楽しいひと時。

どのくらい久しぶりだったかや~(おっといけないつい方言が・・・)と、お互い記憶を辿り合い、私はてっきりその友達の結婚式以来じゃないかな・・・と思い込んでおりましたら、そのあと、何度か同級会で会っていたことが判明(汗)。

そう言われれば、そうじゃった・・・。

それでも7~8年ぶりの再会だったのではないかと。

・・にも拘らず、積もる話と言えば、 ”めっきり近くが見えづらくなったとか” ”最近、疲れが全然取れないとか”(笑)。

でも、こうして久しぶりに会っても、気持ちは、あっという間にあの頃に戻って行ける、それがとっても嬉しいですね。

そして、この可愛いらしい手紙の主は、友達の、4歳になる娘さん。

残念ながら、まだ会った事はないのですが、こうしてお便りできるまで大きくなったんだんなぁと思うと、しみじみ感慨深いものがあります。

この年頃の女の子は、言葉を覚えるのが早いですからね。

なんでも、その友達の松本弁を、そのまんま受け継いで、”~ずら~” とか ”~するだかや~”とやっているらしい。

想像するだけで、笑ってしまいます(^-^)。

ちなみに、お便りの中に描かれた、一番”イケてる女の子”。

これが、多分私なのだろうと、勝手に決めてルンルンの”あっちん”です(^-^*)♪

私も、頻繁に帰省はするものの、いつもトンボ帰りで、なかなか向こうで誰かと会う時間が取れないため、こうした機会に、ほんの束の間でも、懐かしいひとときを過ごせたことは、本当に嬉しかったです。

今度は、是非我が家にゆっくり遊びに来てね。

もう一人の同級生と一緒に、楽しみに待っています。

さ~て!

今週も、目薬、ティッシュを傍らに、がっちりあれこれがんばりますぞ~!

そうそう。

なんとびっくり、ベランダの沈丁花が、今朝から開花です。

なるほど、これじゃあ、カフ~ンも、元気いっぱいなはずです。

みなさまも素敵な一週間を♪

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2009年2月13日

不完全の美。

白洲正子さんの骨董に注ぐ愛情。

それらについて書かれた本を読んでいると、とても共感できて興味深い。

日本人が骨董に見ているもの・・

それは、”人間そのもの”だという。

若いものは老い、新しいものは古くなり、形あるものは滅びる。

日常生活から生まれた、『もののあはれ』の思想。

この如何ともし難い自然の掟を、骨董にも見ているからこそ、そばに置き、手にし、愛でることで、自分なりの味わいを育てて行く。

それが、日本人が長きに渡って培ってきた、骨董との付き合い方なのだという。

”あまりにも完璧なものはいいに決まっているが、それも過ぎると情緒に欠ける。一点の非の打ち所のない美人を毎日眺めているとつまらなくなってくるようなもの”

”よい人生を送った人たちは、顔の出来不出来に拘らず、実に美しい表情をしている”

骨董も、まさにこれと同じだという。

(あぁ、なんて素晴らしい!骨董・・・それは、私の勇気(笑)!!)

日本の骨董屋についての話もまたおもしろい。

欧米の古美術オークションなどと違って、骨董屋の骨董は、商品であって、商品でない。値段があって、値段のない世界。

”お金がなくても、どうしても欲しいという人は、目の色だけ見てわかるから『出世払いでよおござんす』ということにもなるし、骨董が好きでもないくせに、えばっているやつには、高い値段で売りつけたりする。そういうやつに限って高く買ったと自慢するので、まったく悪いことをしているわけでもない”

そんな風に、日本の骨董屋は、ファジーなところがあるから、鍛えられ、目を開いて行けるのだという。

もう一つ、”贋物”について。

どんな一流の骨董屋であっても、お蔵に入れば、贋物は、山と積んであるらしい。

”それらはいずれも、若い番頭さんや、ぽっと出の小僧さんたちが、何かの拍子にまちがって買ってしまったもので、いやでも目に付くところに並べてあるから、彼らは、その前を通るごとに、無言の叱責を受けることになる。それは、主人から直接怒られるより、ずっと辛いらしい・・・”

一方、

”もしこの世から、こうした贋物がなくなったら、私たちは、贋物によって眼を鍛えることができなくなり、骨董を買うおもしろさも半減するだろう”

なるほど~・・・。

それもまさに、人生。

生きていくことに、贋物も本物もないけれど、”足りないもの” ”見えないもの” ”届かないもの”、そういうものがなくなって、”全てが足り、見え、届いてしまったら”、生きることのおもしろさも半減する

・・・そう置き換えられるのかな。

最後に、”掘り出し物”について。

”骨董は、高いお金を出せば、それ相応のものを手にすることはできるが、そうした意味での掘り出し物を狙ったところで、少しも面白くない。”

”まずは自分の好きなものをみつけ、買い、愛情を持って、じっくりつきあうこと。”

”本当の『掘り出しもの』とは、物に即して、自分の眼を、心を、掘り出すこと。”

うーん、胸に沁みます。

人生まだまだこれからです(当たり前だヨ・・)。

以上は、『白洲正子の世界』(コロナ・ブックス)から。

お時間ありましたら、是非、読んでみてくださいね(^-^)。

どうぞ良い週末を♪

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2009年2月10日

そんなに見つめないで。

今日は、朝から気持ちの良い天気。

空気も乾いて、絶好の虫干し日和?!

・・・にはちょっと早いけれど、こんなに春めいた陽気になると、片付け&模様替えのムシがうずうずと動き出してしまう私です。

そこで、まずはがさごそと、久しく開けていなかった箱の中身を点検!

何か不要なものはないかな~・・とチェックしていたら・・・・

出てきましたよ~。

こーんな、楽しくも恐ろしくも?懐かしいものが!

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ざざーん!

ロシア歴代 大統領のマトリョーシカ~(左から、エリツィン、ゴルバチョフ、ブレジネフ、フルシチョフ、スターリン、レーニン・・・)

でありますが、驚くなかれ、最後の一つに秘密の仕掛けが!

会社時代に、一つ上の先輩が、出張のお土産に買ってきてくれたものですが、入れ子になっている人形たちを開けて行くと、一番最後の極小人形に、”ご当人の、にっこり微笑む写真が貼りつけられて登場する”・・という、なんとも乙なオチになっておりまして(汗)。

いやいや本当、今思い出しても、肝を冷やしてしまいます☆\(-_-;)。

この方、かなり個性的な人物でありまして、それまでも、いろいろな場面で翻弄されていた私としては(?)、これが出てきたときには、”またしてもやられてしもうたか~!!”と、まんまとひっかかってしまった自分が妙に悔しかったのを思い出します(笑)。

お互い若かったんだな~。

仕事でもあれこれやりあった仲でしたが、その分言いたいことの言える、気の置けない先輩でもありました。

退職して以来、一度も会っていないけれど、元気にしているかな。

相変わらず、忙しいのかな。

思い起こすに、私の会社時代、いろんな意味で濃かったな~・・(笑)。

今だったら、もう少し余裕を持って働けるのかな~・・。

むしろ逆で、怖いもの知らずの勢いがあったからこそ、毎日なんとか乗り切っていたのかもしれないな・・・

いずれにしても、その当時の自分には、もう決して戻ることはないんですね。

しみじみ。

これを貰ったとき、友達に、”○○さんの写真付きじゃ、捨てるに捨てられないじゃん!”と忠告されましたが、はい、確かに。

何かよからぬことがあってもいけないので(笑)、こうして写真を貼ったまま、静かに箱に戻しておきましょう。

月日は流れても、こうしてふと、何かの折に思い出せる自分がいる。

それがどんな自分であろうとも、今の自分に繋がっている。

それを思うと、やっぱり幸せです。

・・・ということで?、明日は7日に向けた茹蛸音合わせ。

素敵なライブになるように、しっかりウォーミングアップをはからねば。

そして当日は、がっちりばっちり、燃え萌え~ナイトね (^-^)♪

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2009年2月 6日

節分週間。

【諦めないこと】と【無理をしないこと】

相反することのようでいて、根っこはしっかり繋がっている。

【諦めないこと】と【無理をすること】

繋がっているようでいて、根っこは多分違っている。

無理をする・・・ということは、strain とか force とか。

どこかに、不要なひずみや負荷のかかること。

私など、暮らしの中で歌を続けていると、”諦めないためには、時に無理も必要・・”と、ついつい力んでしまいがちですが、それはおそらくあるべき姿ではないのですよね。

”諦めない”ということを成り立たせるもの。

自分の意思や努力というよりは、もっと大きな自然の流れや、見えない支え。

そうしたものに関わる部分が、実はとても大きいんじゃないかな、と感じる今日この頃です。

”諦めずに何かを全うできる。”

その目標が小さいことであれ、大きいことであれ、どこかにほんの少しでも、”無理”が生じるようならば、それを圧して突き進む先に、真の達成感は得られない。

つまりは、”諦めずに得られる結果”があるとすれば、それはただ、目の前に描かれた道筋に沿って、自分はその上を間違えないように歩いただけのこと。

自分で掴んだようでいて、自分の力で成し得たわけじゃない・・

ふとそんなことを考えてみたくなった ”如月・節分週間”なのでありました。

うーん、相変わらず、面倒くさいワタスだよ(汗)。

ところで。

節分!・・と言えば、もうとっくに過ぎましたね~(^-^;)。

今更ではありますが、我が家でも、恵方巻きならぬ、手巻き寿司をほおばって、豆もばっちりまきまして、おかげで翌日の豆掃除が大変手間でした(なはは)。

この季節、元旦とはまた違った意味で、どことなく気持ちも高揚し、再びスタート地点に立つような、そんなパワーが満ちてきます。

”明らめつつも諦めない”。

これからも、そんな思いを大切に、細く長く歌って行けたら・・・。

季節の変わり目を迎えた今、改めてそう思っています。

どうぞ、良い週末を~(^-^)ノ♪

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2009年2月 2日

灰、到達。

今朝ベランダに出ると、手すりの上に何やら白いつぶつぶを発見。

”春の黄色いあの粉”も、既に飛んではいるけれど、それよりずっと粒が粗くて、ちょっと様子が違っている。

なんじゃろ~・・・と思って眺めていたら、今朝のニュースで判明!

浅間山からの火山灰だったのですね。

びっくりしました。

小規模とは言え、こんなところまで飛んでくるとは・・・。

噴火のエネルギーとはいやはや凄まじいものです。

浅間山と言えば、軽井沢から上田方面へ抜ける浅間サンライン(*我が家お気に入りの「雷電くるみの里」もこの途中にあります)。

そのあたりを走りながら、いつも、かすかにたなびく煙をのんびり眺めていたけれど、改めて、決して侮ってはならない活火山であることを再認識しました。

そしてもう一つ驚いたこと。

活火山、と来れば、休火山に死火山。

・・のはずだったのですが、この分類、今ではなくなっていたのですね~。

『歴史時代(約2000年)に噴火したことのある火山を「活火山」と呼ぶ方式を長らくとってきたが、一般に、火山の寿命は長く、数千年の休止期間をおいてから噴火する火山も多く、この定義については改善する必要がある』

ということから、平成15年に、「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動がある火山に見直し,108の活火山を選定(それまでは86火山)」したのだそうです。

うーん、知りませんでした。

小学校の社会科で、”富士山は休火山・・”と習った(遥かかなたの)記憶も、今日から直ちに書き換えなくては・・。

毎日が開眼です。

さて!

今週もまた、やりたいことがたくさんありますが、いつも通り焦ることなく、一つ一つ、しっかり取り組んで行こうと思います。

あの人、この人。

忙しい中、力と時間を、惜しむことなく貸してくれる友達。

その誠実さに、いつも感謝の気持ちを忘れないように。

また一週間、元気に過ごしましょう~(^-^)ノ♪

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