『ある造形家の足跡 佐藤忠良展』
月曜日の朝から、びっくりです(◎o◎)!
こりゃ~、買い物には、長靴が必要かな~?
さてさて。
カナダ大使館・イヌイット版画展に引き続き、先週は、世田谷美術館まで『ある造形家の足跡 佐藤忠良展』を観に行ってきました。
ずっと行きたいと思いつつ、ぼやぼやしていたら、開催期間が3月6日(日)までと知り、慌てて足を運んで参りました。
世田谷美術館を訪れるのは久しぶりでしたが、澄み渡る空の下、紅梅白梅がもう随分蕾を開いていて、とても気持ちの良い時間を過ごすことが出来ました。
佐藤忠良さんは、今年白寿(99歳)を迎える、日本を代表する彫刻家の一人です。
70年を越える長い現役生活の中、意外にも、東京の公立美術館での個展は、今回が初めてとのことでした。
作品は、彫刻87点の他、素描72点、絵本挿画の原画79点(「おおきなかぶ」「ゆきむすめ」など)が展示されており、その足跡を辿るに、十分な内容だったと思います。
”彫刻”とは、まさしく三次元の世界。
絵画や版画など、ニ次元で描かれる作品が、見る人の”胸から上に響く”とするなら、彫刻とは、もっとずっと重心の低い位置、”お腹から下、何かが地面に向けて響いて行くような感じ。”
正面からぐるりと360度、その作品をさまざまな角度から眺めることで、自然と自分の感情が変化していく、それこそが彫刻の醍醐味なのかな、と今回改めて感じました。
忠良さんの作品の根底にあるものは、”人と自然”です。
自分の家族や旧友や・・・
ごく普通に暮す、身近な人々を題材とすることが多かったため、美術作品として認められるまでは時間がかかったのだそうです。
『誰でもそうだと思うが、私は影響をうけるとき、その作品集や実物を前にしながら、自分が、この人と、どの辺りで開いてゆけるかを考えている。』
『そのためには、いつも自然から離れまいとする。自然はアカデミックになることを拒否して、私の好みだけに都合のいいようには絶対なってくれないからである』
素朴な題材と向き合うことこそ、普遍なものへの最初の一歩・・・ということかしら。
私が一番いいな・・・、と思ったのは、戦時中、忠良さん夫妻と一緒に”梅が丘の家”で暮らしていたお母さんに、廊下に座ってもらって作った(アトリエはなかった)、という《母の顔》。
彫刻にしかできない、”想いの表現”があるように感じました。
全ての展示を見終えたところで、”忠良さんが、実際にアトリエで人体像を制作し、それがブロンズ作品となるまでの行程”を上映していましたが、いや~、これが実に面白かった!
初めて見る世界に、最初から最後まで、興奮状態の、釘付け状態でした!!
ブロンズ像を一つ完成させるって、こんなに大変なことだったんですね~。
忠良さんが粘土で創り上げた像は、専属の石膏技師の手で型を取られると、あっけなく壊され、元の土に戻されます (これは、衝撃でした)。
その後の行程は、もう完全に職人の域。
忠良さんの作品を限りなく100%の状態で再現するため、石膏技師、鋳造技師のワザが集結&駆使されて行くのですが、鋳造技師の手により、”外型・内型の隙間に、いよいよブロンズが流し込まれる”ところなど、セメントが型枠に流される行程を彷彿させ、建築の世界にも重なるほどでした。
※このビデオを見るまで、私、ブロンズ像って、ボーリングの球みたいに中身が詰まっているものとばかり思っていましたが、実は空洞だったのですね~
今回は、ミュージアムショップも堪能し、しっかりと図録も購入することができ、充実の一日となりました。
そうそう。
同日、美術館一階で開いていた世田谷区民のアマチュア写真家による”野鳥の写真展”というのも、一緒に観て来ましたが、写真は写真、瞬間を切り取る世界も、やっぱり面白いですね。
また一週間元気に過ごしましょう~(^-^)♪
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